震災報道余波 神戸新聞社のスタンスが気になるなぁ

神戸新聞 2012年3月15日付 5面「発言」掲載の記事より

せめて残せ 汚染ない国土 【主婦32歳 神戸市東灘区】 ※原文は投稿者名あり

 原発事故当時、東京に住んでいた私たちは、「直ちに健康への被害はありません」という政府発表が繰り返しメディアから流れる中、ドイツ気象庁の風向き情報をインターネットで調べ、必死に当時3歳と生まれたばかりの娘たちを守ろうとした。
 放射線は目に見えず、人体への影響もわからない。わからない以上、大切なものをリスクにさらすわけにはいかない。米子の親類宅へ1次非難の後、2度引っ越しし、やっと神戸で落ち着こうとしているところである。放射性物質は予想通り、静岡茶や高知の戻りカツオから検出されるなど、広範囲に影響を及ぼした。幸い西日本までは飛散しなかったようで、胸をなでおろしている。
 そんな折、がれきの受け入れを前提とした安全基準を関西広域連合が決めるとか、広域がれき処理を進めるために国が費用負担を拡大するとかの報道が相次ぎ、困惑している。私の父も今回の津波で亡くなったので、被災地を支援することに何の異議も無いが、それと放射性物質による汚染の拡大は別問題だ。
 そもそも東北のがれきを東北よりはるかに人口の密集している京阪地域で処分する必要があるのか?子どもたちのためにも、西日本をはじめとして、せめて放射能汚染のない土地を残すことは、原発を許した私たち大人の責任だと思う。



上記は、神戸新聞社へ寄せられた読者による投稿記事である。
今朝、この記事を目にして、少なからず腹立たしい思いをした。
原発事故に関する政府情報は確かに安心を抱けるようなモノでも出し方でもなかったし、その状況下で独自の情報入手と判断で東京を離れ、関西に移住するという自由はあって良いものだとは思う。
ただ、この記事を寄せた彼女のモノの捉え方と主張の仕方は、甚だ自己中心的に過ぎるのではないか、と感じたのだ。

せっかく逃げてきたのに、何で私の住んでいる地域に東北のガレキを持ってくるのよ、という個人的な感慨に過ぎないものを、やれ、『人口密集地処分する必要があるのか』だとか、やれ『放射能汚染のない土地を残すことは、・・大人たちの責任』だとか、言って、一般化しようとするのか。この心理的作業が甚だ腹立たしく思うのだ。加えて、子供を持つ親、という立場を免罪符にしようとする態度もいただけない。

以前は東京に住んでいて、今は神戸に住んでいる。都市部に住んで、文明や原子力のプラスの部分は享受するが、自分にとってリスクになりそうだと感じるものは全く受け入れられない。そんな人間のどこに、大人の責任を感じているという姿勢を見つければ良いのだろう?彼女が何を考え、どこに住むのか、それは全く彼女の自由ではある。自由ではあるが、さすがに他人の犠牲を多く求めすぎる自由だと思うのだ。そこまでの自由はないはずだ。

東北の復興、復旧の足かせとなっているがれきは、そのままでは10数年かかろうかという。それを処理能力の高い設備を持つ地方行政団体が負荷を分かち合おうということに、なぜ賛成できないのだろうか。彼女が気にしている放射性物質についても基準は設けて(kgあたり100ベクレル以下)いるにも関わらず、だ。この基準が科学的に見てどうなのか、という論議ならまだ分かるが、この投稿にあるのは、あくまでも自己の利益のみを正当化しようとする浅ましいばかりの姿である。彼女と同じ感情論に走るならば、またどこかに引っ越せよ、と言いたくなるし、あるいは、お前が出かけて行って東北のガレキを片付けてこいよ、とも言いたくなる。


で、この記事を掲出した神戸新聞なのだが、果たして何らかの意図を持っていたのだろうか?と考えてみた。
・・そうだそうだ、せっかく綺麗でいる関西に東北のゴミを持ってくるんじゃねぇ、という少々下品な意見とそれをごまこそうとする卑劣な姿勢を掲載して、対抗意見を呼び込もうとしているのだろうか。それとも、まさかこの意見のママに考えているのだろうか。

かつて神戸でも大震災があった。そこに本社を置く新聞社の姿勢は、一読者の投稿記事よりも、はるかに気になるところである。





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