読書 「ナイチンゲールの沈黙」「ジェネラル・ルージュの凱旋」「イノセント・ゲリラの祝祭 」

村上龍の「かぎりなく透明に近いブルー」のあとがきだったか、解説だったかにあったが、「誰でも小説は書ける。自分の人生を書けば良いから。2作目も書ける。1作目を書いた、という経験が書かせるから。3作目が書けたとき、初めて小説家になれる」といった主旨の言葉があった。

このブログでも快作、と評価した「チーム・バチスタの栄光」を書いた、海堂尊の続編を帰省中の暇つぶしに読んでみたが、冒頭の言葉を引けば、海堂を「小説家」と呼ぶことはできないようだ。

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ナイチンゲールの沈黙」は、ミステリでもなく(チーム・バチスタも、ミステリと呼ぶには厳しいが)、寓意に欠ける出来損ないのファンタジーに終始していた。医師でもあるという作者の立場を考えれば、「チーム・バチスタ」が、現実医療に根ざした作品であっただけに、誤った科学知識を与えるのではないか、とも危惧してしまう。

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ジェネラル・ルージュの凱旋」は、作品としてはまずまず。だが、「ナイチンゲール・・」と、ほぼ同時刻で進むお話、という設定は不要であろう。もともと1作品だったものを2作品に分けたので、ということだったが、書き直すのならその設定も直すべき。このようなギミックを楽しむ人もいるんだろうが、あまりにも安っぽい。

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イノセント・ゲリラの祝祭」は、もはや小説ではない。「チーム・バチスタ」以来の登場人物への馴染みだけで、何とか読めるが、物語の中で人間が躍動しないので、何かのレポートのようにしか読むことはできない。で、言いたいことは、これも「チーム・バチスタ」以来の、死亡診断にAiの導入を・・、であり、正直なところ辟易してくる。

「チーム・バチスタの栄光」の感想においても、『謎解き要素が(医療という専門世界におけるオチではなく)一般化されないと、さすがに飽きが来そう』と、述べたが、面白いと思えた病院内の人間関係の描写も、登場人物の底の浅さを感じさせるものになってしまったし、登場人物のニックネームもそれを裏付ける活力が感じられないので鼻につくだけである。一部で『桜宮サーガ』などと、この連作を評しているが、作者がそれに乗ってしまった感があるのが情けない。もはやマスターベーションであり、代価を取って、人に読ませるものではない。



ナイチンゲールの沈黙
宝島社
海堂 尊

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イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)
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海堂 尊

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イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)
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海堂 尊

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